日本人に見る民族的均一性の高さについて

2020年9月3日木曜日

持論 社会 世界情勢

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日本人は民族的均一性が高い為か「皆そう違わない」という先入観を共有しており、この認識があらゆる社会行動に影響を及ぼしている。

例えば日本は過労死レベルのブラック労働が蔓延しているが、この背景には「能力的に皆そう差が無い、なのでより頑張った者が偉い(コスト信仰)。又は、上が頑張っているのに自分だけ帰れない」という、上記の認識から展開された思考がある。

弱者に対する自己責任論、努力不足論もこういったコスト信仰の変形で「俺は努力して上手く行った。お前が上手く行ってないなら努力してないからだ。はい自己責任」という論理になっている。評価の要素に環境や遺伝といった個人差が含まれない。

たまにテレビでやる高IQ者・ギフテッド特集でも、取り上げられる者達は社会的弱者ばかりで「天才は一部の能力は高いが欠陥を抱えた存在。私たち一般人の助けが必要なんだ」という足し引きゼロの構成に持って行きたがる。

私はまさに天才と言われる様な人物を二人知っているが(開業医と企業経営者)、彼らは凡人の支援など全く必要としない無い程に稼ぎまくって勝ち組街道を爆進している。彼らの様な人種が前述の番組に出る事はない。

コロナ感染者や犯罪被害者の様な弱者についても、「そんな目に合う方にも問題はある」などと言ってリカバリーするよりはパージする事でコミュニティを守ろうとする。いわゆる”穢れ”の精神。

昔から散々叩かれていたこれらの特性だが、全体利益を優先できる高い規律性の裏返しとも言えるわけでコロナ禍や紛争、自然災害が吹き荒れる今の様な時代には割とマッチしている。

欧米でやたらと礼賛される多様性も日本の様な画一性も、詰まるところ程度の問題であり、”程度”を決定するのはその国が保有するリソースの多寡である。リソースが潤沢にあれば多様性を獲得・維持する方向に動き、枯渇してくれば管理コスト削減ために画一性へ寄る。

そしてリソースが無いのに多様性を推進すれば、まさに今の欧米の様に個々が権利を盾に好き勝手減少するパイを奪い合って国が滅茶苦茶になる。日本はこれからの動乱を渡り抜くにあたって自己の国民性を客観的に把握しつつ、衰退していく欧米を反面教師としなければならない。

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